大きな志を持とう~韓信の股くぐり~

昔、中国に、漢という大帝国があった。この漢の国を創ったのは劉邦(りゅうほう)という人だ。漢ができる前、この劉邦にはライバルがいた。楚の国の王様で、項羽(こうう)という、とても戦の強い人だ。

劉邦は項羽と何度も戦ったけれど、いつも負けてしまう。でも、最後に劉邦が勝ち、漢帝国ができた。このとき、項羽を負かしたのが韓信(かんしん)という大将軍だ。項羽にずっと負け続けていた劉邦は、韓信を大将軍にしてから、勝ちはじめた。

韓信は両親が早く亡くなり、親戚に育てられたという。子どもの頃の話は詳しくは分からないけれども、両親がいなかったから、ぶらぶらしていて食べるものも十分になく、人からご飯を恵んでもらったりしたという話も残っている。

でも、こうしようと心に決めた志だけはあって、いつも大きな剣を背中にせおって歩いていた。腰につるすと、地面についてしまうほどの大きな剣だったので、後ろにつるしていたんだ。

伝説では、「山に行った時に、何百年も生きたという仙人に、その件を授かった。」という話もある。それが本当かどうかは別にして、大きな剣を下げた、かなり大きな男だったのだろう。

韓信はご飯を恵んでもらうような身分だったので、恵んでくれた人には、「いつか、偉くなったら、ちゃんとこのお返しはしますから。」と言っていたが、「あなたが偉くなった姿なんて想像できない。そんなことは言わなくてよろしい。」と怒られるようなあり様だった。

韓信は、そういう人として有名だったので、ある時、町のガキ大将、今で言うと、『ドラえもん』のジャイアンみたいな親分肌の男が、「ちょっと、あいつをからかってやろうか。」ということになった。

その男は、韓信が橋を渡ってくるところを、子分たちを後ろに連れて待ち構えていて、「どうだ、おまえの持っているその大きな剣で、俺を切ってみろ。そうでなければ、俺の股をくぐってみろ。俺を切るか、股をくぐるか、どっちかだ。」と言って、前に立ちはだかった。

いったいどうなるのかと、周りの人は見ていた。韓信は大男だから、剣を一振りすれば相手を切ることもできる。これほどの大の男が本当に四つん這いになって股をくぐるかどうか、みんなが見ていた。

すると、韓信は、言われた通りに、股をくぐってしまった。

周りの人たちは、「なーんだ、弱虫じゃないか。大男で、あんな剣をぶらさげていて、いつも戦い方の話をしたりして、『俺は、将来、偉くなるんだ。』と言っていた男が、股をくぐったじゃないか。」ということで、「韓信の股くぐり」の話は有名になる。

「韓信が股くぐりをした。」という噂は、韓信が後で偉くなる時に、だいぶ差し障りになった。「あの股くぐりの男だろう。そんなやつを、偉くできるか。将軍にできるか。」と、随分言われた。

普通、人の股をくぐるような人は臆病者だ。学校で、ガキ大将みたいな人からいじめられ、「股をくぐってみろ。」と言われたら、「はいはい。」と言いなりになって、股をくぐるような人は、そんなに強い人でもないだろうし、賢い人でもないかもしれない。

では、なぜ、後の世で、股くぐりの話が有名になったかというと、股くぐりをした韓信が、漢の大将軍になって、無敵の項羽を倒してしまったからだ。

不思議だね。それほど勇ましい人なら、チンピラをやっつけるくらいは簡単だったはずだ。剣をふるえば、おそらく一瞬で倒せただろう。韓信も心の中ではそう思っただろうね。

でも、このころは世の中がよくない時代だったから、国のあちこちに取り締まりをする人がいっぱいいて、怪しい人がいないか目を光らせていた。下手な騒ぎを起こしたりすると、たちまちつかまってしまったんだ。

「将来、大きなことを成し遂げよう。」と志を立てるような人が、生まれ育った町あたりで、そんなチンピラやごろつきを相手にケンカなんかしていたのでは、大きな仕事はできないよね。

韓信は、「自分がどれほどの人物であるかということは、やがて人に見いだされて、ハッキリするだろう。その時までは、たとえ食いつめ浪人(仕事を持たずにぶらぶらしていて、他人のお世話になっているような人)みたいに見られてもよい。」と思って、周りの人からは、「自分でご飯も食べられず、人の股をくぐって生きている。」と馬鹿にされても、志は曲げずに持っていたんだ。そうして、やがて志を遂げたわけだ。

韓信は、最初、楚の国の王様である項羽という人のところにいた。

項羽はとても強かったので、韓信は下っ端だった。だから、韓信が賢い作戦を立てて、「こうすれば勝てます。」と言っても、そんなに聞いてもらえなかった。

その後、ある戦いで、項羽が敵の劉邦を逃がしてしまうのを見た韓信は、「項羽はダメだ。」と思って、項羽の軍を離れてしまう。

韓信は、項羽の身の回りを守る役までしていたけれど、槍持ちのような仕事しかさせてもらえず、頭の良さを十分に生かせなかったので、項羽の軍をやめてしまった。

韓信はプライドが高かったんだね。「自分は、こんな仕事をする人間じゃない。」ということをよく知っていた。「自分に向いている仕事は大将軍しかない。」という考えを持っていたんだ。

それから、韓信は、項羽の敵である劉邦という人の側についた。

最初、劉邦は韓信をなかなか将軍にしようとしなかった。まだ仕事の成果はないし、「なにしろ、あの、噂の股くぐりの男だろう。股をくぐるような人間に将軍ができるか。みんな笑ってしまって、ついてこないだろう。」と言って、なかなか将軍にしようとはしなかったんだ。

でも、劉邦を補佐していた蕭何(しょうか)が韓信の才能に驚き、「韓信を大将軍にしてください。」と、何度も何度も劉邦にすすめたので、とうとう劉邦は韓信を大将軍にすることにした。

すると、不思議なことに、たちまち、韓信は戦に勝って勝って勝ちまくり、一度も負けない。

誰も分からなかったけれど、韓信だけが自分の才能を知っていたんだ。「自分には才能がある。戦いに勝つ方法を知っていて、頭の働きも良く、戦に強い。」という韓信のプライドはズバリ当たっていた。

まるで龍が川の深いところに身を潜め、天に登る時を待つように、自分に合った本当の仕事ができるようになるまでの間、韓信は一生懸命身を潜めていたわけだ。

韓信が大将軍になってから、劉邦は勝ち始めた。そして、最後に項羽とも決戦をすることになる。項羽はあちこちに置かれた兵に取り囲まれ、どこへ逃げても兵が出てくるから、だんだん弱っていき、それで最後になった。

こうして、中国には大きな漢帝国ができ、劉邦が皇帝になった。

でも、本当は劉邦よりも韓信のほうが強いことを、みんな知っていた。劉邦はずっと負けていたのに、韓信が来てから勝ち続け、それで漢帝国ができた。韓信はそれほど強かった。項羽よりも強いのだから、韓信が皇帝になったら、みんな、従っていただろう。しかし、韓信はそれをしなかった。

韓信は、「私は、皇帝に引き立てられて偉くなった大将軍だから、道に外れたことは絶対にできない。」という気持ちを守り抜いたんだね。「自分の使命は大将軍としての使命であって、皇帝になる使命ではないのだ。」と悟っていたのだろう。

その後、劉邦の皇后たちが韓信の力を恐れて、韓信を罠にはめたため、韓信は不運な最期を遂げることになった。

歴史を勉強する上で、偉人たちの「志」を学ぶことはとても大切だ。

★将来、どんな人になりたいのか

★そのために、今からできる努力は何か

この2つのポイントを考え、書き出してみよう!

(韓信の股くぐり―「子どもにとって大切なこと」より引用)

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